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カテゴリ:本に関するノート

  • 四ツ柳さんの起業・発想ダイアグラム
    [ 2011-07-01 11:33 ]
  • 本物に学ぶ生き方
    [ 2010-03-21 02:06 ]
  • 久米信行さんの出版記念パーティー
    [ 2009-10-12 16:10 ]
  • 世界制作の方法/ネルソン・グッドマン
    [ 2009-09-14 10:10 ]
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    [ 2009-06-22 21:47 ]
  • 芸術と脳科学の対話/第三の対話
    [ 2009-06-04 01:57 ]
  • 芸術と脳科学の対話/第二の対話
    [ 2009-05-09 10:10 ]
  • 芸術と脳科学の対話/バルテュス+セミール・ゼキ
    [ 2009-05-04 10:10 ]
  • 日本の伝統
    [ 2008-02-15 10:10 ]


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友人の四ツ柳さんのビジネス発想マトリックス!とても参考になります。


ご本人のフェイスブック

ちなみに私・長谷川順持のフェイスブック

大学で教鞭をとりはじめて今年で10年目にはいりました。あらためて偉人の歩んだ「道」あるいは生きる「姿勢」を読み直そうと、この本に取り組んで、、、読了しました。

この書に納められた方々は

安岡正篤/教育者
新渡戸稲造/思想家、教育家
吉田松陰/教育者
森信三/教育者
山田方谷/学者
伊庭貞剛/実業家
二宮尊徳/農政家、思想家
石田梅岩/思想家
西郷隆盛/政治家


教育的な人生を生き抜いた人物ばかりですね。

皆、実践的といいますか臨床(教育学)的といいますか、

自分で動いて、考えて、解決してそして開いて、悟達しています。

コピー&ペーストというショートカットな人生の姿はそこにはなく、

早逝な人も入ってますが、かなり時間を費やして思索し、

尋常ではない執念と集中力とコミュニケーション力で時代を生き抜いています。

あらゆるものを手段に用い、人を育み、人を結び、世界を創る。

それは、よく口にされる「教育の目的とは!」のように、教育概念をもてあそぶ姿勢ではなく、

共通して「教育」こそすべての「目的」であるといわんばかりです。

佳節10年目に良書に巡り会いました。

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ありがとうございました
ブログ道を極める達人

久米信行/くめのぶゆきさんのが新たな本を書きましてその出版記念の発起人として、パーティーに参加して来ました。

当日いただいたサインです。
久米さんです。

さまざまな職業の、いわば「のぶゆきファン」が集っていました。お話中なのは

一樂先生」発起人であり、この出版をことほぐ会の世話人で尽力されたかたです。
学生も多数参加していました。

それは、久米さんが明治大学で学生へのブログ起業論の講義を行っているからですが、
この講義かなり実践的らしく、
その証拠に、この会で知り合った学生諸氏からは翌日にすぐにお礼メールが届き、
「すぐやる」が浸透しているところからも久米さんの講義の意義深さを感じています。


ブログやメルマなど、身近なICTを活用して「世界と交流」したいかたは
是非、久米さんの著作にふれてみることをおすすめします。
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かくいう私も、その影響で
■ 「住宅デザイン・間取り・住環境価値・向上講座」 ■■
というブログも立ち上げ

「まぐまぐ」からのメルマ住宅デザイン・間取り・住環境価値・向上講座
という家づくりに即使えるメールマガジン講座や
「めろんぱん」からも住宅デザイン・間取り・住環境価値・向上講座
というメルマも仲間と発刊を継続しています。


すぐやる、、、の後には継続が大切なのですが、それがなかなか難儀。
継続する「技術」も教えて下さい、、、久米さん、、って甘え過ぎかな。

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ありがとうございました

道ばたを歩いていると、蟻が行列を成してそそくさと何かを運んでいる

ああ、蟻には蟻の「世界」があるなあ、と感じる。


水鳥が隅田川にプカプカ浮いている
ツガイで、あたかも語り合うかのようによりそって
気持ち良さそう、、、

でもよく見るとかなりの勢いで、水面下で足をバタバタさせて泳いでる!

水鳥の世界、、、

このように、地理で使った「世界地図帳」の世界とは別に

身の回りには「世界」がいっぱい

………………………………………………………………………………

わたしたちデザイナーが設計に関わるさまざまな建築や場所

できあがってしばらくして訪れると

こどもがいっぱい遊んでる!
ご主人が庭で遊ぶ我が子みながら笑ってる

…………………………………………………………………………………

そんなふうに「世界」は立ち現れています

建築の設計は「建物」の設計ではなくて

世界づくりに関わることです

「世界」づくり  それが私たちの仕事です



ネルソン・グッドマンが書き記した「世界制作の方法」

ずっとずっと何十年もまえから気になっていた

「世界」ということばをつかまえる、ワクワクする「旅」ができます

………………………………………………………………………………………
哲学に関する哲学と記されるこの書物

世界は「ある」のではなく、「制作」されるのだ。
芸術・科学・日常経験・知覚など、幅広い分野で
徹底した思索を行ったアメリカ哲学の重要著作。

と銘打たれています
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ありがとうございました
建築知識の最新号は「断熱・エコ設計」の特集です。

あらゆる角度から掘り下げた内容の本誌の中で、私が執筆したのは、「既存住宅の省エネ改修」という、時代のテーマでもある領域に対して、実例を通して解説しています。
「どまだんスタイル」はこれまで新築でおもに展開してきました。

既存の住宅改修に応用するにおいて、単に「寒い家を暖かく、あるいは暑さを涼しく」という改修ならば、そう難しい技術ではありませんが、私たちの目指す改修は、既存改修を施すことで、木造の構造体の素材そのものの性能を向上させ超寿命化につながる改修を徹底させています。

「構造材の乾燥で実現した温度差解消法」というタイトルで掲載されていますので、興味がある方は参照ください。
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ありがとうございました
私たちは「美しいなあ」と感じているとき、あるいは、そう口にしてしまう時、そもそも、その実、どのような感覚、感情の状態なのだろう。
誰しもが一度は疑問を持ったことがあるし、その疑問を持ち続けてもいるのではないだろうか。「美」は「記憶」である、と言われてきたし、「好み」である、
と言い放つ輩も多い。
どちらも「そうだな、、」と同意できるが、もう少し掘ってみると、
ではその記憶の「何に由来して、、」あるいは「好みを美的に感じるのは何に由来する、、、」と、結果、堂々巡りだ。

美を創出する芸術家と、その「美」なるものを脳科学で解明し続ける科学者の対話。
対話者はバルテュス/2001年に他界したフランスの画家+セミール・ゼキ/視覚脳に関する研究者、ロンドン大学神経生物学教授。

六つの対話からなる本書の、今回は第三番目の対話。

珠玉ことばをピックアップ。
セミールゼキ
なぜ単純化はよくないのでしょうか、、、
バルテュス
おそらく単純化は、感覚を鈍らせてしまうでしょう。
セミールゼキ
一定の時間、視覚脳の細胞に同じ刺激を与え続けた場合、しばしばその細胞は反応しなくなってしまうことをご存知ですか
バルテュス
、、東洋の書道と比較した場合、東洋の芸術家は常に単純化を行っていますが、それは読解可能なものです。それに対して哀れな現代の芸術家は、それを模倣しようと試み、さらに成功したとまで主張するわけですが、、、、

セミールゼキ
一般的に脳は誤解されているのです。脳は受動的な器官だと考えられています。例えばあなたの顔のイメージは、単に私の脳に刷り込まれるものだと思われているのです。しかしそれは間違いです。わたしがあなたを見るとき、わたしの脳は絶えず、あなたの目の後ろにあるものを、あなたのなかにある不変のものを、わたしに知らせてくれるのです。
わたしの脳は、ある特徴に対してはまったく興味を示さず、逆に、ある別の特徴にはとても関心をしめします。
あなたがそれを絵画において実践されている、ということです。

あなたは芸術家ですが、同時に脳でもあるわけです。

セミールゼキ
脳は問題を解決することが大好きですが、それがあまり簡単であったり、あるいはあまりに難しかったりすると、完全に興味を失ってしまうのです。
   「街路」バルテュス


ヨーロッパの人にとって「街路」は生活空間
しかしここに描き出される街路は、、、

視線をあわせず行き交う人びと

ジョルジュスーラがグランド・ジャッド島の日曜日の午後で描き出していた
現代人の孤独感、あるいは、パラレルワールドだろうか

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美を創出する芸術家と、その「美」なるものを脳科学で解明し続ける科学者の対話。
対話者はバルテュス/2001年に他界したフランスの画家+セミール・ゼキ/視覚脳に関する研究者、ロンドン大学神経生物学教授。

六つの対話からなる本書の、今回は第二の対話。

珠玉の対話のいくつかをピックアップ。

セミール・ゼキ
芸術の機能のひとつは、人間の心を喜ばせることであり、人間を幸福にすることだとわたしは思います。
バルテュス
もちろんそうですが、芸術という概念はより大きなものだと言えます。
セミール・ゼキ
芸術は、単に人間を幸福にする以上のより大きな機能を有しているはずだと、、、、
セミール・ゼキ
そうです。芸術は精神に有益であり、善のために役立つものであるにちがいありません。

セミール・ゼキ
形而上学は事物の意味をとらえようとするものだとあなたはおっしゃいました。ではあなたは、ご自分の絵において事物の意味をとらえようとしていらっしゃるのですか。
バルテュス
何かを制作しようという気になることは、それを作る理由を発見することでもあります。今日私たちは新しい世界、すべてが機械によって作られている世界にいます。しかし実際のところ、あなたはそこにいて、何かを見、それが何かを理解しようとしているのです。画家であるということはそのようなことなのです。脳の研究を行うのも同様のことではないでしょうか。

セミール・ゼキ
事物の意味、事物の本質、つまり常に変わり続ける状況においても変わらない事物の性質に立ち戻ってみましょう。それは絶えず脳が試みていることです。脳は、絶え間なく受けとる本質的ではない情報をすべて排除し、不変の特性についての認識を得るために本質的なことだけを記憶にとどめておくことで、世界への認識へと至るのです。脳が対象や事物の外観を、どのような条件で見てもそれと同定できるのは、この働きによってなのです。わたしにとって芸術とは、ある意味でこの本質的なものの探求、という脳の活動の延長にあるのものです。





「こころと身体」
わたしたちの日常でも、よく区分されて語られている

問い
こころが震える、、、とは、脳の震えだろうか、、、

こころとは脳のことだろうか、、、

あるいは脳とは肉体/身体なのだろうか、、、

もし、脳が身体(の要素)であるとすれば、

ゼキの指摘、こころを揺さぶるあらゆるものが、

脳の活動に修練される(説明し尽くせる)、、、、と仮定すると

こころと身体は、区分されるものではなく、まったく、溶け合っている関係になる

脳でこころの躍動、震え、感動を説明しつくせるのか。

仏教では
「色心不ニ」と説く
色/身体は、心とニであってニでなく、そこにはダイナミックで動的な交流がある、という
まさに、そのような状態を、ゼキは指摘しているのだろうか。

ゼキのクールなまなざしが、芸術家の熱いまなざしを、、、科学していく。
なぜかそれは、生命哲学に漸近していく感慨を覚える


スリリングな対話は続く。


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私たちは「美しいなあ」と感じているとき、あるいは、そう口にしてしまう時、そもそも、その実、どのような感覚、感情の状態なのだろう。
誰しもが一度は疑問を持ったことがあるし、その疑問を持ち続けてもいるのではないだろうか。「美」は「記憶」である、と言われてきたし、「好み」である、
と言い放つ輩も多い。
どちらも「そうだな、、」と同意できるが、もう少し掘ってみると、
ではその記憶の「何に由来して、、」あるいは「好みを美的に感じるのは何に由来する、、、」と、結果、堂々巡りだ。

を創出する芸術家と、その「美」なるものを脳科学で解明し続ける科学者の対話。
対話者はバルテュス/2001年に他界したフランスの画家+セミール・ゼキ/視覚脳に関する研究者、ロンドン大学神経生物学教授。

第六の対話からなる本書の、今回は第一の対話から、こころに留めたい、いくつかの抜粋をする。

セミールゼキの序文から
数世紀さかのぼれば偉大な芸術家はしばしば素晴しい科学者であった。レオナルドやミケランジェロはそのような芸術家のなかの有名な二人に過ぎない。
しばしば芸術家と(科学者)は同じ目的を追求している。その目的とは、人間の心や精神を揺さぶるものは何かを理解すること。
第一の対話より
バルテュス
視覚はわたしたちを本当に原初的な何かへと送り返してくれるのです。

バルテュス
わたしは何かについての心像/ヴィジョンを抱き、そこから絵画を制作していきます。
ゼキ
一度色を塗ってしまってから、色を変えるということはありますか
バルテュス
しょっちゅうありますね。音符と同じでひとつの色は周りの全ての色に依存しています。絵画とは、音楽の用語で言えば、音符が正しい響きを生み出すために経なくてはならない長いプロセスのことです。

ゼキ
脳は問題の解決を望むのです。
脳は解決すべき問題を示すイメージに、より一層の関心をもちます。

偉大な芸術というのは、ある種の曖昧さによって特徴づけられるのだろうとわたしには思われます。脳はあいまいなイメージに関心を示します。なぜならそれが解決すべき問題を表しているからです。

バルテュス
わたしは自分の絵については決して語りません。絵画とは、他の言葉では表現することができない言語活動なのです。

ゼキ
科学者は、最終的には大脳生理学を通して芸術作品を説明できるに違いないでしょう。ただし、現時点(の段階)においても、われわれが脳について知っていることはとても有益なものです。その内容とは、脳はみずからが受けとる常に変化しつづける情報を通して、対象や表面の本質的で変わることのない特性をとらえようとしている、ということです。芸術家の仕事は、実にこの戦略の延長にあるものです。なぜなら芸術家もまた、絵画において本質的なものを、視覚世界のなかの不変の特徴を理解しようとしているからです。
中略、、
一枚の絵画が普遍的なものであればあるほど、その作品はより多くの状況にあてはまるのであり、芸術家は普遍的特徴を表現することで、より幸福になるのです。
たった一枚の絵ができるだけ多くの状況の特徴を描き出すことに成功していればいるほど、その絵はより脳に関わってくるのです。なぜなら、脳は自分のところにやってくる変動する情報のなかから、常に本質的なものをとらえようとするからです。


「曖昧さ」「普遍的なもの」「本質的なもの」「問題を解決したがる脳」「ヴィジョン」
第一の対話からワクワクする論が展開する。「美」なるものは言葉にしようとすればするほど離れていってしまうのかもしれない。それでも、、、、つかまえたい。

対話のもつダイナミズムを感じたい方は、原典をあたっていただきたい。

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ここ数ヶ月なんども読みなおしている本がある

日本の伝統 
著者は岡本太郎
何回かに分けて、この本から感じていることや
こころうたれる文章のフレーズを綴りたい



しかしなんで今、岡本太郎なのか

そう、時々本屋で趣味の立読みに耽るとき
太郎さんの文章はすばらしい、、とは感じていた
でも、購入する気にはなれなかったのはなぜだろうかと
いまふりかえってみる

自分の居する街 浦安市の新浦安
この街には前市長が岡本太郎の深い理解者だったこともあり

ディズニーシーのすぐ脇にある広い広い公園のゲートは
太郎さんのオブジェでできている(ほかにも太郎作品多数)

大きなオブジェ、それは建築的スケールの大きさ

最初にこの街にきて、それの存在する総合運動公園を訪れ
そのオブジェをくぐり、、、、嫌悪感を隠せなかった

(はぁ、とため息をついたかもしれない)

おそらく造形が無邪気過ぎること、、、あるいは、不要に大きかったからか、、

太陽の塔、、、グラスの底に「顔」があってもいいじゃあないか、、芸術は爆発だ!

それ以上の理解を持たなかった当時に
みずからが住まう町に、不要な巨大なオブジェときたら、
こんなものに大金を投じるより他に
なんかすることあるでしょ、、、
形への嫌悪感は市政への不満にまでいたってしまう

ところが、、、

昨年、岡本太郎との新たな出会いとなる出来事が
またその出来事/イベントを中心になって仕掛けている人物との出会いが
「太郎」そのひとに、深く迫りたくなるきっかけになったのです

出会いは貴重です ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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